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札幌高等裁判所 昭和40年(行コ)4号 判決 1967年7月12日

控訴人 中川義寿

被控訴人 北海道知事 外一名

訴訟代理人 斎藤祐三 外四名

主文

本件控訴並びに被控訴人内山房雄に対する新訴請求をいずれも棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

当裁判所も本件(一)の土地については訴外亡内山惣三部が、本件(二)の土地については被控訴人内山房雄がいずれも昭和三四年九月七日の満了をもつて時効により所有権を取得したものであり、従つて、控訴人の被控訴人北海道知事に対する訴は訴の利益がなく却下を免れず、被控訴人内山房雄に対する請求は失当として排斥を免れないものと判断するものであつて、その理由は次に附加補充するほか、原判決理由と同一であるからこれを引用する。

(一)  確認の利益について

本件の如き旧自作農創設特別措置法による農地買収処分の無効確認訴訟の利益は、「無効な買収処分によつてもともと不変動であるはずの原告の農地所有権が国に移行し、あるいはさらに売渡処分によつて第三者に移転した外観を呈し、原告の右所有権の享有に不安、危険を生じている場合に、その買収処分の無効を明確にして右の不安、危険を排除、解消する」ことにあることは既に原判決引用の最高裁判所の判決(昭和三九年一〇月二〇日第三小法廷判決)の示すところであつて、これと異る控訴人の見解は採用することができない。

そうだとすれば、控訴人が他の原因によつて所有権を喪失し、たとえ本件訴訟において無効確認の判決を得たとしても、それによる所有権の回復が不能となり、その所有権の享有に関する不安、危険の排除が控訴人にとつてもはや無意味となるべき事態を招来している以上、本件訴訟における訴の利益が消滅していることは当然であつて、損害賠償請求訴訟における有利なる攻撃方法を獲得するためというが如きは、これを本件訴訟における訴の利益と考えることができないことはいうまでもない。(昭和三六年四月二一日最高裁判所第二小法廷判決、民集一五巻四号八五〇頁参照)

そして、既に農地の売渡しの相手方若しくはその承継人において取得時効が援用された以上、それによつて、被買収者は所有権を喪失するのであつて、たとえその後買収無効の判決があつても、その判決の効力として直接に買受人若しくはその承継人の所有権を喪失せしめて被買収者に所有権を回復せしめることはなく、また、その判決の対世的効力としても、知事に対して直ちに被買収者のため所有権の回復措置を講ずることを義務づけ、または右時効を援用しそれにより所有権を取得した買受人若しくはその承継人に対して被買収者へ所有権を回復すべきことを義務づけるものでもないのであるから、知事においてその判決の趣旨に従い被買収者のための所有権の回復措置を講じようとしても、事実上右買受人等の同意を得るのでなければそれは全く不可能なことなのである。而して本件については、既に取得時効が完成し、被人内山房雄において右時効を援用している以上、たとえ無効確認控訴の判決をしてもその判決の効力として控訴人の所有権を回復することは不能というべきである。なお、無効確認の判決があれば、被控訴人らにおいてこれを尊重して控訴人に対する所有権の任意回復を図ることが期待できないでもないが、それは判決の本来の法律上の効力ということはできない。

従つて、本件においても前記時効取得が認容できる以上、控訴人の被控訴人北海道知事に対する訴の利益は存しないものといわねばならない。

(二)  取得時効について

(イ)  民法第一八五条は他主占有を自主占有に転換せしめる要件として「占有者が自己に占有を為さしめたる者に対し所有の意思あることを表示」すること及び「新権原に因り更に所有の意思を以て占有を始める」ことを定めているのであり、何ら対抗要件の充足を要件としているものではない。従つて同条後段の場合においても対抗要件の具備等原権利者に了知せしむべき措置ないし行為を要件とするものとは解し難く、このことは本件の如く占有者の新権原の取得が原権利者以外の第三者との間の法律行為に因る場合であつても別異に解すべき理由は見出し難い。さればこの点に関する控訴人の見解は採用し難い。

(ロ)  本件土地の買収並びに訴外亡内山惣三郎に対する売渡の各処分はその土地の表示を「札幌市山元町三六五番地の一の一部畑三反五畝」とし、これをもつて、本件土地部分全部を特定表示したものとしてなされたものであるところ、本件土地のうち当時同番地の一に属した範囲は原判決添付目録二の(一)記載の二反八畝一九歩の部分のみであり、その余の部分は当時の地番で同町西七一番地の一及び同番地の二に属していた(具体的には同目録二の(二)記載の部分が同番地の一の、同目録二の(三)記載の部分が同番地の二の各一部である。)ものである(以上の事実は控訴人と被控訴人北海道知事の間では争いがなく、また控訴人と被控訴人内山房雄との間では成立に争いのない甲(ワ)第三ないし第五号証、同第九号証、同じく乙(ワ)第四、五号証、原審証人橋上武の証言により成立の認められる甲(ワ)第八号証の一、二、原審併合前の(ワ)第三〇八号事件及び(行)第七号事件でそれぞれ施行された原審各検証の結果とを綜合して認めることができる。)けれども、成立に争いのない乙(行)第八号証の一、二に前記各検証の結果と原審における被控訴人内山房雄本人尋問を綜合すると、

(1)  訴外亡内山惣三郎は、昭和二年頃より控訴人から本件土地を含む周囲約二町歩を賃借耕作していたが、昭和二〇年前後よりその一部を逐次返還し、本件買収・売渡の当時においては、本件土地の範囲(実測三反四畝二〇歩)のみを賃借耕作していたこと、

(2)  本件土地は当時一続きの農耕地であつて、その範囲は容易に他から区別できる状況にあつて、訴外亡内山惣三郎はその全部の範囲を耕作していたこと、

(3)  控訴人と訴外亡内山惣三郎間においては、右賃貸借につき特に地番で特定した契約書も作成せず、その部分が何番地であるかということは問題とされていなかつたし、訴外亡内山惣三郎はその範囲の面積はほぼ三反五畝位であると思つていたこと、

(4)  そのため訴外亡内山惣三郎は、本件売渡を受けた際当然に右自己が現に占有耕作している本件土地の範囲全部がその目的物であると信じて自主占有を開始したこと、

がそれぞれ認められ(原審における控訴人本人尋問の結果中、右(1) (2) の点に反する部分は前掲証拠に照らしたやすく措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。)、これらの諸事実に、<証拠省略>並びに前記買収・売渡処分の書面上の表示面積は三反五畝であり、本件土地の実測面積三反四畝二〇歩と殆ど同じである事実とを綜合すると、本件買収計画を樹立した札幌市農地委員会は、右現実に訴外亡内山惣三郎が耕作していた三反四畝二〇歩の一続きの範囲(すなわち本件土地部分)を対象として買収計画を樹立したものであるが、その際本件土地はその全部が前記三六五番地の一に属し且つ面積も三反五畝であると誤認した結果、関係書類に前記の様な表示をしたものであり、また訴外亡内山惣三郎も売渡処分を受けた際、右表示が現に自己の占有耕作している本件土地部分の表示として適正なものであり、従つて本件土地部分が全部前記三六五番地の一の範囲内にあつて、その面積も三反五畝であると信じてその引渡しを受け、その後登記手続の完了に至るまで本件土地の実測面積が三反四畝二〇歩であり、且つその一部が前記四七一番地の一及び同番地の二に属していたことは全く知らなかつたものと推認することができ、他にこれを覆すに足る証拠はない。

そうだとすれば、右手続上の土地の表示の誤りが買収・売渡処分の効力に如何なる影響を及ぼすかはさておき、訴外亡内山惣三郎としては、現に占有耕作している本件土地の全部が適法な買収・売渡処分によつて自己の所有に帰したと信じてその自主占有を始めたものであり、且つそう信ずるにつき過失はなかつたものというべきである。成立に争いのない乙(ワ)第四、第七及び第九号証によると、右買収計画の樹立に対し審外亡内山惣三郎の耕作面積は三反歩であることなどを理由として控訴人より異議の申立があつたことが窮われるが、右異議の理由中にも地番の点には何ら触れることなく、且つその異議の審査において右面積の点に関する控訴人の主張も結局採用されなかつたことが認められるから、右異議申立のなされた事実を訴外亡内山惣三郎が知つていたとしても、なお同人が前記の様に信ずるにつき過失ありとなすことはできず、他に前記判断を覆すに足る証拠はない。

その余の点について訴外亡内山惣三郎が本件土地の自主占有を始めるにつき善意無過失と認め得られることは原判決理由の示すとおりである。

(三)  控訴人は当審において被控訴人内山房雄に対する登記抹消の請求を真正所有名義の回復を原因とする所有権移転登記手続請求に変更したけれども、既に本件(一)の土地については訴外亡内山惣三郎が、本件(二)の土地については被控訴人内山房雄が時効取得しこれにより控訴人はその所有権を喪失したものである以上、変更後における控訴人の右請求を認容しがたいことは、既に説示したところに徴して明らかである。

以上説示のとおりであるから、控訴人の被控訴人北海道知事に対する訴を却下し、被控訴人内山房雄に対する本件(一)(二)の土地の所有権確認の請求を棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がなく、また控訴人の被控訴人内山房雄に対する新訴請求も理由がないのでそれらをいずれも棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 野本泰 今富滋 潮久郎)

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